自家歯牙移植とは
自家歯牙移植というのは、”自分の家”と書くことからも分かるように、自分の歯を、自分の口腔内の別の場所に移植する手術のことを指します。
顔等の部分に火傷を負ってしまった患者さまに対する治療法に”植皮術”と呼ばれるものがあります。これは、皮膚移植の1つで、普段人の目につかない太ももやお尻の皮膚を火傷を負った顔などに移植する方法です。
自家歯牙移植もこれに似ていて、普段の噛み合わせに影響の少ない親知らずを抜いて、必要な箇所に植えるという方法になります。
心臓移植や腎臓移植、角膜移植といった移植手術は、自分とは別のドナーさんが必要となりますが、歯の移植は自分自身の口腔内にある歯が、ドナーであり、レシピエントです。
歯科医学においても、新しく植え込む歯を提供歯(ドナー歯)、移植する先にある歯を受給歯(レシピエント歯)といいます。
歯の移植が有効となる症例は、いくつもあります。
1番多いのは、重度の虫歯や歯周病によって抜歯せざるを得なくなってしまった場合です。また、交通事故やスポーツ中の大怪我等によって歯が大きく破折してしまった時にも有効になる場合があります。
歯を失った時にできる治療法としては、ブリッジ、インプラント等もありますが、自家歯牙移植も選択肢の1つとして是非考えていただきたい治療法です。医師の技術が求められる治療のため、選択肢として提示できる歯科医院ばかりではないのが現状ですが、当院では”第三の選択肢”としてご説明させていただいております。
今回は、歯の移植や再植、自家歯牙移植とはどんな手術なのか?また、保険のきく治療法なのかなど、患者さまの気になる部分を分かりやすく解説していきます。
自分の歯を移植するメリット
自家歯牙移植はインプラント治療ほど大がかりな手術を必要とせず、また自分の歯を使用するので拒絶反応などのリスクも少なく済みます。インプラント治療のような年齢制限もありません。
また、歯とともに歯根膜も同時に移植することができることもメリットです。歯根膜とは歯と骨を繋いでいる繊維性の組織のことで、噛みごたえを感じたり、噛んだ際に歯に伝わる力を調整したりする働きをします。自家歯牙移植ではこの歯根膜も一緒に移植するため、天然の歯と変わらない自然な噛み心地があり、移植した歯を長期間使い続けることができます。
自家歯牙移植のデメリット
歯牙移植は、移植する歯がむし歯や歯周病のない健康な歯であることが条件です。また、移植する歯の大きさが抜歯した部分に納まる大きさでなければ移植は難しくなります。移植後は歯根膜が上手く付着せずに歯が脱落したり、何年か後に根が吸収されてむし歯になったりするリスクもあります。こうしたリスクについては治療前に充分に説明いたしますので、ご理解いただいた上で治療にのぞまれることをおすすめします。
歯牙移植とインプラント治療、入れ歯、ブリッジの違い
失った歯を補充する方法として、歯牙移植のほかに次のような方法があります。
一覧にまとめましたので参考にしてください。
各治療法 | 治療方法 |
---|---|
歯牙移植 | 自分の歯と歯根膜を一緒に移植する方法です。違和感や拒絶反応が少なく、安定した噛み心地があります。単独で機能するので、他の歯に負担がかからず、口腔内全体の健康を維持できます。 |
インプラント治療 | 顎骨の中に人工歯根を埋入してかみ合わせを回復する方法です。自然の歯に近い噛み心地がありますが、大がかりな手術が必要です。単独で機能するので、他の歯に負担がかからず口腔内全体の健康を維持できます。 |
入れ歯 | 取り外し式の補綴物です。金具で固定させるため、長期間使い続けると金具をかけている歯にダメージを与える恐れがあります。 |
ブリッジ | 抜歯した両隣りの歯を柱にし、橋をかけるように被せ物の人工歯を固定する方法です。健康な歯を削らなければならず、残っている歯に負担がかかります。 |
歯牙移植の治療の流れ
Step1歯のクリーニング
細菌感染リスクを抑えて成功率を高めるために、口腔内細菌の量を減少させお口の環境を整えます。
Step2移植手術
局所麻酔をかけて、悪い歯と移植する歯を同時に抜歯してすぐに移植し、縫合することで移植歯を固定させます。処置時間は1時間程度です。
※静脈内鎮静法にも対応しております。痛みに不安な方はご相談ください。
Step3消毒
翌日、患部の消毒および感染の有無を確認します。
Step4抜糸
約1週間後に抜糸します。
Step5被せ物の装着
被せ物を作製して装着します。
※場合によって根の治療を行い、薬を詰めてから被せ物を装着します。
自家歯牙移植のタイミング
最も理想的なタイミングは「即時型移植」です。即時型移植とは、抜歯する歯と親知らずを同時に抜歯してすぐに移植する方法です。両方の歯根膜が残った状態で移植することで、治癒力が高まるメリットがあります。ただし、状態によっては移植のタイミングを遅らせる場合もあります。
歯の大きさが合わない場合
元々の歯と移植する歯のサイズが合わない場合は、先に悪い歯を抜歯します。その後、抜いた後の傷の治りを待ってから親知らずなどを抜歯して移植します。
元々の歯に、根尖病変(根の先の病気)などがある場合
根尖病変などの治療をして骨の欠損が大きい場合は、骨の治りを待ってから親知らずなどを抜歯して移植します。
自分の歯を移植して歯を長持ちさせる方法
何らかの原因で抜歯せざるを得なくなった場合、抜歯したところを補う方法のひとつに、「自家歯牙移植」という方法があります。自家歯牙移植(歯の移植)とは、親知らずなどのかみ合わせに関与していない自分の歯を他のところへ移植する治療法です。自家歯牙移植をすることで、状態がよければ10年、20年と長期にわたって自分の歯を使い続けることができます。
歯の移植の歴史
あまり聞き馴染みのない歯の移植ですが、実は、今から約70年も前からある治療法です。
当時、1950~1960年代の自家歯牙移植は、虫歯で抜歯せざるを得ない奥歯にまだ生えていない親知らずを移植したり、怪我や事故で破折してしまった歯を再植したり、病気の歯根を持つ歯を1度抜歯して治療し、新たに植え直すといった治療を行っていました。
ただ、この頃歯の移植手術というのは、民間療法の1つであり、科学的な根拠はありませんでした。
また、この時代は、現代では行われていない”他家歯牙移植”という治療もありました。この治療は名前の通り、他の人の歯を移植するものです。
1970年代に入ると、歯の移植の必要性が見直され、本格的な研究が始まりました。これにより、民間療法ではなく、歯の移植や再植が科学的そして理論的に認められ、治療法の1つとして自家歯牙移植が誕生しました。
自家歯牙移植のしくみ
歯の移植や再植は、簡単にいってしまうと、1度抜歯した歯を必要な箇所に植えて機能させるというものです。上手く機能するために重要なのは、ドナー歯(提供歯)の周りにある歯根膜(しこんまく)と呼ばれる膜です。
歯根膜というのは、名前の通り、歯の根っこの部分を覆うようにしている膜のことで、私たちの骨と歯を繋いでいる組織です。この膜の中には再生能力の高い細胞が豊富に含まれています。
しかし、健康な歯というのはその”再生能力”が不要であるため、その細胞は力を使う必要がなく、眠っています。
自家歯牙移植をすることによって、その再生能力を呼び起こすことができ、細胞がはたらき始めるのです。
しっかりと「歯」として定着させるために、ドナー歯(提供歯)を移植する際は、歯のみではなく、この歯根膜も一緒に移植します。
歯根膜の中の細胞は、歯茎と骨が結合するために必要なセメント芽細胞や繊維芽細胞、骨そのものをつくる骨芽細胞などがあり、これらが通常の6倍以上も活性化して増殖します。これによって、歯を支えている歯周組織も再生し、移植後の歯が自分の歯として定着するようになるのです。
つまり、この歯根膜の細胞なしに自家歯牙移植は成り立ちません。それほどまでに、重要なのです。
自家歯牙移植の成功とは?
歯の移植や再植の”成功”は、歯を埋め込んだ時点で決まるものではありません。
成功には、以下の2つのポイントをクリアする必要があります。
・歯の移植や再植の”成功”を意味する2つの基準
① 歯と一緒に移植した歯根膜が再生力を発揮し、骨と結合すること
② ドナー歯と移植する場所の歯茎を合わせて、なるべく動かないように固定すること
先ほども紹介させていただいた通り、自家歯牙移植には、歯根膜の存在が必須です。
移植の際、ドナー歯の周りの歯根膜が剥がれてしまうことがありますが、そうなると、再生能力が不足して、骨と歯が上手く結合しなくなってしまい、不自然に癒着することがあります。
これを歯科医学的に”アンキローシス”といいます。顎の骨が突然現れた歯根を異物とみなして、体外に出そうとする力が働きます。アンキローシスとなると、ゆっくりと歯根が溶け、ゆらゆらと子どもの歯が抜けた時のように勝手に抜け落ちてしまうのです。
ただ、アンキローシスとなっても、歯根はとてもゆっくりと溶けていくため、抜けるまでには10年くらいの年月がかかります。自家歯牙移植後、約10年にわたって利用できるという意味では、成功ともいえるのかもしれません。
また、②でも説明した通り、ドナー歯と歯茎をしっかり合わせること、ドナー歯を動かないように固定することも大切です。歯茎がしっかりと合っていなかったり、固定されていない状態になると、歯根膜の再生能力が存分に発揮されません。
自家歯牙移植の適応ケース
歯の移植は、どんな時に活用されるのでしょうか?
適応例として多いのはやはり、虫歯や歯周病によって歯を失ってしまった場合です。また、事故や怪我によって歯が破折してしまった時などにも活用されますが、いずれも、歯科治療を受けていただき、抜歯せざるを得ないと判断された場合など、歯を失った時の選択肢の1つです。
また、自家歯牙移植は以下の4つの条件に当てはまらないと適応できません。
<条件>
① 提供歯(ドナー歯)があること
一般的にドナー歯となることが多いのは、奥歯の中でも1番奥に生える第三臼歯、親知らずと呼ばれている歯です。通常20歳前後で生えてくるこの親知らずですが、実はほとんど機能しておらず、生やしておく意味はあまりありません。だからこそ、ドナー歯としては最適な歯として考えられています。
② ドナー歯の歯根膜が十分にあること
歯根膜がないと、歯と骨が上手く結合できず、長い年月を経て抜け落ちてしまいます。そのため、歯根膜が十分であることは非常に重要です。またこれは、歯周病にかかっていない健康な歯であることも意味しています。
③ 歯や歯根の大きさが合っていること
自分の歯を見ていただいても分かるように、同じ人の歯でも生えている場所でその大きさや形は大きく異なります。
そのため、移植する側の歯、される側の歯の大きさや歯根が合っていないと、自家歯牙移植は難しくなります。
④ ドナー歯の歯根が単純な形をしていること
歯根が1本であるなど、単純な形をしている方が抜歯した時の歯根膜を傷つけずに済みます。
なるべく抜歯したくないと思う患者さまが大半とは思いますが、他の歯にも影響を及ぼすことがあるため、抜歯をせざるを得ないこともあります。ただ、健康な親知らずがある場合など、歯の移植をして、元の機能を取り戻すことができる可能性もあります。
自家歯牙移植には上記のようなさまざまな条件がありますが、適応できる可能性もありますので、是非1度ご相談ください。
自家歯牙移植のメリットとデメリット
厚生労働省の調べによると、歯を喪失する原因のうち最も多かったのは「歯周病」で37%を占めます。次に多いのは「虫歯」の29%で、事故や怪我などによる破折が18%となります。
このような抜歯をせざるを得ない症例の場合に考えられる治療法は、ブリッジ、インプラント、そして、自家歯牙移植の3つです。
どの治療法も失った歯の機能を取り戻すことができる方法ですが、それぞれにメリット・デメリットがあります。
抜歯の際の次なる選択肢としてこれらの治療法を検討する際は、メリット、デメリットの両面をみて選択してください。
<ブリッジ>
ブリッジは「橋」という意味があるように、失った歯の両隣の歯を土台として、人工の歯を被せる治療法です。
メリットは、固定式であるため、違和感が少ないことです。ただ、健康な両隣の歯を大きく削って橋渡しを行うため、その2本の歯の寿命が縮まってしまうことがデメリットです。
<インプラント>
近年失った歯への治療法として最も注目されているインプラントは人工の歯根を顎の骨の中に埋め込み、人工歯を立てる治療法です。
メリットは、周囲の歯を傷つけることなく人工歯を立てられること、また、限りなく自分の歯に近い色合い、質感の人工歯であるため、審美性が高いことにあります。
デメリットは、顎の骨にインプラントを埋め込む外科手術を要すること、また自費治療となるため、治療費がかさみます。
<自家歯牙移植>
・メリット
① 飲食時の違和感が少なく、今まで通りの食事を楽しめる
② 歯根膜がクッションのような役割も果たすため、噛む時の力も抑えられる
③ 周囲の歯を削ったりすることがなく、他の歯の寿命も維持できる
④ 移植後に矯正治療をすることもできる(インプラントの場合は顎の骨に埋入するため、矯正は不可能となる)
・デメリット
① 健康な親知らずなど、提供歯(ドナー歯)が必須である
② 移植する場所の骨の幅が必要になる
③ インプラントよりもさらに高い技術を要する治療法であること
④ 抜歯する歯、植え込む場所の両方に外科手術が必要になる
⑤ ご高齢の患者さまの場合、自家歯牙移植の成功率が下がることもある
自家歯牙移植の場合は歯根膜ごと移植するため、歯の負担を最小限に抑えることが可能です。また、歯根膜の存在は食事を美味しくとるためにも大切です。食べ物の持つ歯触りなど、細かい部分の食感(触感)も楽しめます。
この感触が感じられる最小の力は、通常1~10gほどといわれています。
インプラントになると、100gほどの力が必要になるといわれているため、食事の際に違和感を感じられる方もいらっしゃいます。
また、噛み合わせる際の厚みに関しても、通常は25㎛ほどといわれていますが、インプラントの場合は55㎛以上ないと、厚みの感覚も感じられないといいます。
歯根膜があることによって、他の治療法と比べて食事の感覚に大きな違いがあるというのは、自家歯牙移植の最大の魅力ともいえるのかもしれません。
自家歯牙移植とインプラントの違い
ドナーの有無 | インプラント⇒不要 自家歯牙移植⇒必須 |
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外科処置の箇所、回数 | インプラント⇒1箇所~複数箇所、1~3回 自家歯牙移植⇒2箇所、1回 |
骨質 | インプラント⇒影響が多い 自家歯牙移植⇒影響が少ない |
防御機構の有無 | インプラント⇒なし 自家歯牙移植⇒あり |
治療後の矯正治療の可否 | インプラント⇒できない 自家歯牙移植⇒できる |
高齢の患者さまへの対応 | インプラント⇒可能 自家歯牙移植⇒可能 |
若年の患者さまへの対応 | インプラント⇒不向き 自家歯牙移植⇒適応可能 |
治療期間 | インプラント⇒3ヶ月~1年ほど 自家歯牙移植⇒2~3ヶ月 |
自家歯牙移植の失敗について
自家歯牙移植の成功には、歯根膜が欠かせません。逆を返すと、歯根膜の移植ができない状態の場合は、失敗となってしまいます。
この他にも、失敗の代表例をいくつか紹介させていただきます。
・自家歯牙移植の失敗の理由
① プラークコントロールができていない
プラークとは、歯に付着する歯垢のことです。歯垢が溜まっている状態は、口腔内の細菌が増殖していることとイコールです。
細菌が多すぎると炎症を引き起こす他、ドナー歯を身体が受け入れられず、結合前に排除してしまうこともありますので注意してください。
事前に、移植前に口腔内全体の歯周病検査、治療を行い、しっかりとプラークコントロールすることをおすすめします。
② 顎の骨が少ない、歯根膜の細胞が少ない
年齢とともに「顎が痩せる」なんてことがよくいわれていますが、骨量は自家歯牙移植にとても大切な部分です。また、歯根膜の細胞が少なくなっていても、歯の移植の失敗に繋がります。
③ 移植後の神経の処置が十分にできていない
ドナー歯を抜歯する場合は、1度身体から切り離します。神経をそのままにすると壊死してしまい、歯根の先に感染が引き起こされます。この感染が移植の失敗の原因になります。移植後、3週間~1ヶ月以内に歯根の治療(神経の処置)をすることが必要です。
④ 移植後の固定ができていない
移植直後の歯はまだ骨と結合していない不安定な状態ですので、なるべく安静にしていただき、結合を待ちます。日常会話や食事の際もドナー歯が動かないように固定することが大切なので、最初は少々気を遣う点もあります。
固定期間は患者さまによって前後しますが、約1ヶ月で長すぎても短すぎても歯によくありません。歯科医の診断のもと、正しい期間固定していただき、安定したら今まで通りの生活を送ることができます。
⑤ ドナー歯の根と歯茎を密着させていない
ドナー歯と移植する場所の歯茎をしっかり隙間なく合わせることで、歯根膜を含む歯周組織の再生が活性化しやすくなります。
密着していないと、上手く再生せず、しっかりと結合しないこともあります。
自家歯牙移植の費用について
移植手術と聞くと高額な医療費がかかるイメージがあるかと思いますが、歯の移植の場合は、保険適用内で治療することもできるため、自己負担を抑えられます。
ただし、保険が適用されるには以下の条件を満たす必要があります。
・自家歯牙移植の保険適用の条件
① 提供歯(ドナー歯)が自分の親知らずであること
② 治療開始時に提供歯(ドナー歯)、受給歯(レシピエント歯)が存在していること、またこの2つのサイズが合っていること
以上2つの条件を満たした症例のみが、健康保険を適用して移植手術を行うことができます。「親知らずの抜歯が済んでしまっている方」などには適用されませんが、まずは、歯科医院にお問い合わせください。
サイズが合ってない場合や骨の増生が必要になる場合、既に別の歯科医院で抜歯が済んでしまっている場合などは保険適用外となり、自費治療となりますので、ご注意ください。
この場合の費用についてもお気軽にご相談ください。
自家歯牙移植の寿命と生存率
自分の歯を別のところへ植える自家歯牙移植は、身体の抵抗も少なく、移植後も安定しやすい治療法です。歯を失った時の治療法はいくつも確立されていますが、有効な方法として注目されています。
まずは、自家歯牙移植の寿命についてご紹介させていただきます。
移植後の5年生存率は、90%といわれています。この「生存率」とは、移植した歯が定着していて抜けていないことを指します。
同じ失った歯にできる治療であるインプラントの5年生存率は、95%ですので、同等レベルの高い生存率を誇る治療法と考えて良いでしょう。
移植後に小さなトラブルが生じることもありますが、それは、ご自身の歯でも同じことです。他の健康な歯と同じくらい、機能できると考えていただけますと幸いです。
ただ、10年単位になってくると、自家歯牙移植よりもインプラントの方が歯の寿命が長いということも分かっています。「じゃあ、インプラントの方が良いんじゃないか」とお考えになる患者さまもいらっしゃいますが、あくまでも、ご自身の歯を使えるのは自家歯牙移植のみです。
インプラントは人工の歯であり、”今後もできる治療法”ですので、最初の選択としましては、自家歯牙移植の方をおすすめしております。
「ご自身の歯である」ということも大きなメリットですし、自分の歯で会話したり、食事ができるというのは、QOL(生活の質)の向上にも繋がります。
自家歯牙移植の方法
自家歯牙移植をするタイミングとしては、以下の3つのパターンがあります。
① 抜歯した直後の穴へ移植する
② 抜歯後、2週間~1ヶ月以内の場所への移植
③ 抜歯して時間が経過している場所への移植
以上の3つのパターンのどれを選択するかは、現在の口腔内の状況によっても大きく異なります。3つの移植について、詳しく解説していきます。
① 抜歯した直後の穴へ移植する
・メリット
歯を抜いたばかりの穴を抜歯窩(ばっしか)といいます。この周りにはまだ、歯根膜が存在しているため、骨等の問題もなく、移植ができます。
歯を抜いたところへ歯を植え込むことができるため、外科手術による処置も最小限に抑え、患者さまの負担が減らせます。
最大のメリットは、他の2つのパターンと比べて治療期間が最も短いことです。
・デメリット
虫歯や歯周病等の菌、感染が残る可能性があります。またそれにより、移植した歯の炎症が起こるリスクもあります。もともとの歯の感染がひどい場合には、①の方法はとられません。
移植時の治療時間は他の方法よりも長くなります。
② 抜歯後、2週間~1ヶ月以内の場所への移植
・メリット
抜歯して時間が経過するほど、感染の残存リスクを最小限に抑えることができます。
周りの骨は抜歯後少しずつ痩せていきますが、1ヶ月以内であれば、骨量も問題なく移植を進めることができます。
抜歯した時の穴とほとんど変わりなく、骨の削る量も少なく済み、治療時間が短くなるのが特徴です。
・デメリット
骨への影響は小さいものの、歯根膜は存在しないため、①のタイミングよりは傷の治りがやや遅くなります。また、外科手術を2回受けていただくことになります。
③ 抜歯して時間が経過している場所への移植
・メリット
感染が残っている可能性は極めて低いといえます。
・デメリット
抜歯した時の穴が埋まってしまっているため、新しく「穴」をつくる必要性が出てきます。
また、時間の経過とともにもともと歯のあった場所の骨が痩せてしまうため、骨量の問題が出てくる可能性もあります。
傷の治りが遅くなるばかりか、術後の侵襲も大きく、痛みや腫れなどの症状が出ることもあります。
①~③の3つのパターンをみていただくと分かる通り、①ほどメリットが大きく、③に近づくほどデメリットが目立ちます。つまり、①のタイミングで移植していただく方が、患者さまにとっての負担も少なく、予後も有利です。これは先述の通り「歯根膜がある」ことが大きな理由となっています。
ただ、口腔内の状況というのは、患者さま1人1人大きく異なるもので、全ての患者さまにおいて①のタイミングをおすすめしているわけではありません。患者さまの現在の口腔内の状況を正しく把握して、より良いタイミングをご提案させていただきます。
自家歯牙移植の治療の流れ
具体的な自家歯牙移植の治療の流れと、治療期間についてご説明させていただきます。
Step1検査とカウンセリング
まずは、歯の移植ができるのかも含め、口腔内の検査とお写真の撮影を行っていきます。 具体的には、歯周病の検査、レントゲン撮影、CT撮影などを行い、それらの検査結果をもとに、30分程度のカウンセリングを実施します。
カウンセリングでは、患者さまからのご質問やご相談も承りますので、ご不明点やご不安な点がございましたら、何でもお気軽にお伝えください。 ※移植する歯の向きによっては、抜歯をスムーズに行うため、事前に部分矯正をする場合もあります。
Step2移植日当日
当日は、移植する歯の脱臼、場所の準備、歯の挿入、固定や歯茎の縫合までを行います。手術や処置にかかる時間はだいたい1時間~1時間半です。
Step3術後の処置の流れ
術後、1~3日以内に1度消毒に来院していただきます。 (所要時間:約15分)
1~2週間で抜糸があります。(所要時間:約15分)
移植後、3~4週間で移植した歯の神経の治療を2~3回に分けて行います。(所要時間:1回あたり約45分)
2~3ヶ月後、仮歯を装着して、噛み合わせを確認しながら、リハビリを行っていただきます。
3~6ヶ月後、最終的な被せ物をつくって、治療は完了となります。
移植当日~術後の処置までの日数を考えると、治療完了までは、3ヶ月~半年くらいかかると思ってください。
<固定期間について>
移植後は、歯を固定する期間に入ります。期間としては、約1ヶ月が目安です。
この期間は短すぎても、長すぎても良くなく、長く固定してしまうと、歯と骨が癒着してしまうこともあるため、医師の指示に従って固定していただく必要があります。
また患者さま1人1人適切な期間が異なりますので、移植後の傷の治りをみて、適切に判断していきます。
自家歯牙移植の痛みについて
外科手術を要するため、患者さまにはよく「痛み」についてのご質問をいただきます。
自家歯牙移植をする際は、麻酔を使用しますので、術中の痛みを感じることはありませんが、麻酔が切れた後に、多少の痛みや腫れを感じる患者さまはいらっしゃいます。
抜歯して時間が経過している場所への移植の場合は、「穴」を掘る必要があるため、一般的な自家歯牙移植より痛みが強く出ることもあります。痛み止めも処方させていただきますので、そちらを服用していただくようにお願いしております。
自家歯牙移植を得意とする歯科医とは?
自家歯牙移植について詳しくご説明してきましたが、この治療法は、医師の深い知識と経験、技術を要する治療です。ここからは、自家歯牙移植を得意とする歯科医について、解説していきます。
まず、歯と骨との結合に重要となる歯根膜をなるべく傷つけず抜歯する技術が医師には求められます。また、移植を必要とする歯は何らかの原因があり、その多くが虫歯や歯周病等の感染のため、移植後の感染リスクを予防することも欠かせません。
歯科医の技術もそうですが、歯科医院の設備も一定の基準を満たしている必要があります。インプラントよりも対応している医院は少なく、自家歯牙移植を求めてご来院される患者さまもいるのが今の歯科医院の現状です。
自家歯牙移植を安心・安全にするにあたって、しっかりと事前の検査ができるというのが最低限の条件となります。また、それらの精密検査の結果から、医師が患者さま1人1人に対して、より良い選択肢をご提案できるというのも大切なポイントとなります。
例えば、インプラント治療に注力している歯科医院、得意とする歯科医の場合は、自家歯牙移植の提案が行われないこともあります。患者さまにとって、最善の選択肢を自由に選べる歯科医院というのが、最良の治療といえるのではないでしょうか。
松本デンタルオフィスでは、歯を失ってしまった患者さまへの選択肢を多くご提案し、それぞれの治療法のメリット・デメリットを提示した上で、患者さまにご納得の上選んでいただきたいと思っております。またその上で、なるべく患者さまご自身の歯を使っていただき、歯の寿命を延ばせること、精神的、身体的、金銭面での負担が最小限で済む歯科治療をご提供したいと考えています。そういった理念があるため、当院では、インプラントという選択肢以外の有効な治療法として、自家歯牙移植も積極的におすすめさせていただいております。
歯の悩みを抱えている患者さまがおりましたら、インプラント、歯周外科治療、歯周組織再生療法、そして、自家歯牙移植とさまざまな外科領域の治療実績がある当院にお気軽にお問い合わせください。
当院の医療設備
・歯科用CT
顎の骨や歯周組織を3Dで確認できるものです。肉眼では決して見ること、測ることのできない骨量や骨の幅までも把握できますので、より精密に自家歯牙移植が適応できるかを判断することができます。
・エルビウムヤグレーザー
このレーザーには殺菌効果があり、歯周病菌を殺菌して、除去することができます。また、歯周病菌に既に冒されている病巣を綺麗に除去することができるため、移植後の感染予防にも繋がります。
・拡大鏡(歯科用ルーペ)
肉眼で見るよりも、5倍以上に拡大してみることができるので、患部をみながら、より精密で安心・安全の治療を提供することが可能です。
自家歯牙移植は、虫歯や歯周病、事故や怪我といった理由で抜歯をせざるを得ない状況になった時に選択できる治療法で、ご自身の歯を利用することができます。
人工歯ではなく、自分の歯を利用できるという点は、この治療法の最たるメリットといえるのではないでしょうか。
自家歯牙移植のよくある質問
Q1.自家歯牙移植は、保険が適用されますか?
① 提供歯(ドナー歯)が自分の親知らずであること
② 治療開始時に提供歯(ドナー歯)、受給歯(レシピエント歯)が存在していること、またこの2つのサイズが合っていること
以上の条件を満たしている場合は、保険適用内で治療ができます。
保険適用内で治療ができるのかに関しては、事前の検査とカウンセリングにてしっかりとご説明させていただきますので、ご安心ください。
Q2.抜歯した歯は、前歯にも奥歯にも移植できますか?
重要なのは、抜歯した歯の歯根の大きさ、そして移植する場所の骨の幅です。この2つがマッチしていれば、どの部分にも移植が可能です。ただし、どちらかのサイズが大きすぎたり、小さすぎたりすると、移植はできません。
このあたりは、事前の精密検査にて判断することができますので、移植できるかどうかを知った上で治療に進むことができます。尚、親知らずを前歯に移植できる適応例は少ないといえます。
Q3.抜歯後の歯冠は、そのまま活かせますか?
抜歯後の神経というのは、時間の経過とともに死んでしまいます。そのため、移植後には、歯根の処置が必要になります。歯根が上手く結合した時点で被せ物をして、治療は完了となります。
Q4.自家歯牙移植の痛みはどのくらいですか?
手術時は麻酔をするため、術中の痛みというのはほとんどありません。術後、腫れや痛みの症状が出ることもありますが、処方させていただく痛み止めを服用いただければ、日常生活に大きく支障をきたすことはありません。
自家歯牙移植後の流れについて
<1~3日後>
痛みが生じることもありますが、痛み止めの服用で治まる程度の痛みです。
2~3日は腫れている感覚がある場合もありますが、頬や顎が大きく腫れるようなことはほとんどありません。また、顔に内出血が出ることもありますが、だいたい1週間程度でなくなります。
期間中は消毒もありますので、1度ご来院いただきます。きちんと固定されているか、異常はないか、汚れが付着していないかなども確認して、清掃いたします。
<1~2週間後>
この期間は、移植した歯の周囲には歯ブラシを当てないようにお願いしております。それ以外の部分については、通常通りのセルフケアを行っていただくことになりますが、強くうがいをすることなどもNGとなりますので、歯磨きの方法についてもしっかりと歯科衛生士からの指導を受けていただきます。
<2~4週間後>
移植した部分の歯肉(歯茎)の傷が治るまでの期間は、週に1~2度来院いただき、消毒や清掃を含めた確認を行います。口腔内の細菌についても留意し、感染予防にも努めます。
その後は、月に1回の頻度でご来院いただき、確認とクリーニングを行っていきます。
自家歯牙移植前後の過ごし方
<移植前>
移植後の予後をよくするためにも、体調管理には十分に気をつけてください。
また、お仕事等のご予定もあるとは思いますが、なるべく「午前中」のご予約を推奨しております。移植後当日のトラブルのリスクもゼロではありませんので、なるべく午前中に手術を受けていただき、当日のリスクに備えていただくことおすすめしています。
<術後、1~3日>
口腔内が気になる方も多いですが、必要以上のうがいや歯磨きは避けてください。出血がみられる時は、うがいではなく、吐き出すように心がけてください。
移植した歯の固定への影響や歯茎を傷つけてしまうリスクがあるため、歯磨き等は医師の指示に従って行ってください。また、デンタルフロスや歯間ブラシの使用は固定されるまで控えることをおすすめします。
<手術当日~翌日までの飲食について>
麻酔が完全に切れるまでは、飲食は控えるようにしてください。
また、術後の飲食の制限はありませんが、その部位を避けるようにして食事をとってください。お肉などの硬いものは避け、おかゆなどのやわらかいものから食事をはじめ、固定した歯に影響のないように心がけてください。
<術後、2~4週間>
毛先のやわらかい歯ブラシを用意しますので、そちらを使用して歯磨きを行っていきます。また、ご自宅でも消毒液によるうがいをお願いしております。
週に1~2度のご来院時には、歯の清掃と移植した歯の確認も行います。
<術後、1ヶ月>
1ヶ月ほど経過しましたら、徐々に通常の歯ブラシを使用していただくなど、今まで通りのセルフケアを行っていただけます。デンタルフロスや歯間ブラシの使用も可能ですが、歯茎を傷つけないためにも、正しい歯磨きの方法を歯科衛生士がサポートさせていただきます。
まとめ
今回は、歯の移植(自家歯牙移植)について詳しく解説させていただきました。
抜歯が必要となってしまった歯にできる有効な治療法の1つで、ご自身の歯を用いることができる点、条件を満たせば、保険適用内で治療できるのがメリットです。
治療後は痛みや腫れが生じることもありますが、日常生活は問題なく遅れます。
移植した歯が結合して安定するまでには少々時間がかかり、メインテナンスも必須ですが、”ご自身の歯で噛める”というのは、とても大きな利点です。